おひとりさま旅行記 世界遺産登録の小笠原諸島 第3回 恋のカシマ大作戦

  2018/8/5
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こんにちは。株式会社PTAの静原です。


引き続き、「小笠原諸島おひとりさま旅行記」を記していきます。


小笠原諸島、父島在住の男性に恋をしてしまった顛末。今回はついに告白の巻です。24時間の船旅を経て、いよいよ彼のもとへ。さてどうなるか、読んでのお楽しみ。


これまでのいきさつは、前回の旅行記を読んでいただけるとおわかりになるでしょう。


第2回コチラ
第1回コチラ

大自然のなかでヒールをはく者は一人もいない

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おひとりさま旅行記 世界遺産登録の小笠原諸島 第3回 恋のカシマ大作戦
「あなたがピンヒールの女性ですか」


「エッ?」


宿に到着するなり、宿屋の亭主が苦笑いで声をかけてきた。


「母島の島民に聞きまして」


父島に来る前に、私は母島へ行っていたのだか、そのときの服装が島民のあいだで話題になり、50㎞先の父島まで噂話が広がっていたようだ。


小笠原の人々が好むファッションはTシャツに短パン、足元はビーチサンダルといった動きやすいもので、大自然のなかでヒールをはく者は一人もいないそうだ。


かかとの高い靴をはいているだけで物珍しく見えるらしい。

半年ぶりに見る彼はいい男

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おひとりさま旅行記 世界遺産登録の小笠原諸島 第3回 恋のカシマ大作戦
ライター業の仕事を早々と終わらせるために、すぐさま彼のいる事務所へ向かった。


木製のドアを開けると意中の彼が仕事机に向かい、パソコンをじっと見ていた。


半年ぶりに見る彼はいい男であることに変わりはなく、私は息を呑んだ。


おみやげコーナーに売られている、鼈甲でできたキーホルダーや貝殻で作られたイヤリングを手にとっては置いて、ときおり彼を一瞥した。そんなふるまいを何度か繰り返したことか。彼が私に気づくのを待った。


「アッ!」


彼が私を凝視していた。


「いらっしゃったんですね」


私は白々しく今気がついたかのような素振りを見せた。


インタビューをするために別の部屋へ移動したが、ほかの従業員もいたのでここで関係を深めることはできず、淡々と質問を済ませて、その日はいそいそと宿へ戻った。

「抱きしめてください」

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おひとりさま旅行記 世界遺産登録の小笠原諸島 第3回 恋のカシマ大作戦
翌日の父島は雨だった。それからしばらく父島は台風つづきで海に出ることも許されず、結果的に海のガイドをしている彼との交流は断たれた。


父島を出る前日。父島のメインストリートを何度も歩いたが彼と鉢合わせすることもなく、しかたなしにFacebookのメッセンジャーで彼を宿へ呼んだ。


「どうされました」


呼びつけられた彼はいぶかしげだった。


私は生唾を呑んだ。ここまできて嘘はつけない。


「歩きながら話しましょう」


彼と私は横並びになって、宿の前にある駐車場を歩きだした。


真っ赤な夕日が彼の整った顔を照らした。筋肉と骨で彫琢された美貌が鮮明になった。


まぶしいほどに圧倒された私は、頭の中に浮かんできた言葉をそのまま口にした。


「半年前に小笠原に来たときに一目惚れしました」


「エッ!?」


とつぜんのことに彼は言葉もない。奇妙なものを見つけたような目で私を見た。


「それを伝えるために父島へ来ました」


彼の足が止まった。私は胸をプレス機で圧迫されたような痛みを感じた。神経を研ぎ澄ませて、彼の言葉を待った。


「はぁ……」


彼はあっけにとられたような、気の抜けた声を漏らした。


声色からして私に興味がないことはすぐに察知できた。逃げ出したくなった。


『冗談です』とホラを吹かしたくなったが、勝敗をハッキリしなければここへ来た意味がない。私はそういう女子なのだ。


彼女はいるのかと尋ねると、思わぬ答えが返ってきた。


「婚約者がいます。静原さんと帰りの船で僕たちも内地へ向かい、婚姻届を出します」


「ヒエッ!?」


父島は亜熱帯だというのに、私をとりかこむ空気は南極のようだった。


彼は私の感情の起伏に気がついたのか、


「でも、わざわざありがとうございます」


と折り目正し気に言った。


夕日よりも顔が赤く染め上がっていくのが自分でもわかった。


なにも言葉が出てこなかった。むりくり、いちばんの願いを口にした。


「抱きしめてください」


彼は両手で私の体を抱き寄せてくれた。でも、なんだかおつとめじみてて、体温の伝わらない、気のない抱擁だった。寒々としたシークエンス。

誰もいなくなったガランとした甲板

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おひとりさま旅行記 世界遺産登録の小笠原諸島 第3回 恋のカシマ大作戦
父島滞在を終えて帰りの小笠原丸に乗船するとき、私は異様なまでにドギマギしていた。船内で彼と婚約者に鉢合わせすることだけは避けたい。


島民のお見送りを見るために甲板へ出ると、人でごったがえしていた。小笠原丸が長期設備期間に入るため、島民の多くも故郷へ帰るそうだ。


サーフボードを抱えた若い男。母親と手を繋いで笑っている小さな女の子。海に向かってカメラをかまえる学生。写真を撮り合う初々しい恋人たち。


島で知り合った友人を見つけ、「アッ!」と声をあげたとき、目の前を彼と婚約者が通りすぎていった。彼も私に気がついていたけれど、互いに目を合わすこともなかった。私は人を掻きわけて船尾へ走り出した。バタバタとした足音が余計に自分の心をせき立てた。うしろを振り向くと2人は見えなくなっていた。きついシークエンス。


船が汽笛を鳴らした。船着場にいた島民が大太鼓を叩き始め、嵐のような歓声が父島に響きわたったあと、小笠原丸はゆっくりと動きだした。


誰もいなくなったガランとした甲板で、私は海を眺めた。


台風の名残で風は強く、海は荒れて水しぶきが立っている。この旅でいちばん欲しいものを手にすることはできなかったが、人は恋をすると思ったよりも活発に行動できることがわかった。なにかひとつでも深く理解することができたのなら、旅の結末は美しいと言えるかもしれない。


いつのまにか、となりに宿の亭主がいた。帰省に合わせた服装なのか、ビーチサンダルではなく質のいい革靴をはいている。


「昨夜、駐車場のまわりを男性と歩いていらっしゃいましたね」


「はい」


「なにかあったんですか」


「たまたま出会って、偶然そこに居合わせただけです」


船の手すりにつかまると、ヒンヤリとした冷たさと鉄のにおいを感じた。眼前に広がる小笠原の海は雄々し気に高々と波立ち、強い潮風が私の頬を刺した。


島は遠ざかっていくにつれ、私の心は静けさと厳しさをただよわせるフィヨルドのように研ぎ澄まされていった。
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