ジャニーズが好きすぎるアラフォー女子の全力疾走(その1)

  2018/7/13
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皆さん、初めまして。都内にてフリーランスで経営コンサルティングの仕事をしているMです。


私がこれまで過ごしてきた人生には、いつもジャニーズのグループたちがいました。


小学校6年生の時に光GENJIファンになったのをきっかけに、その後にSMAPのファンになり(一番ファン歴長い)、SMAPが解散した際のスマロス後には嵐、そして現在はKing & Prince(通称 キンプリ)の沼にハマっています(笑)。


「こんな年になっても結婚もせずに、ジャニーズに夢中になって。これからどうするの?」と母親から心配されていたのは過去の話。今では、これもひとつの生き方、人生の楽しみ方だと受け止めています。


ジャニーズ人生のアラフォー女子が、お一人様でも毎日を楽しく過ごしてこれて、現在も楽しんでいる様子について、今回から3回シリーズでお伝えします。

ジャニーズファンになったきっかけは光GENJI

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ジャニーズが好きすぎるアラフォー女子の全力疾走(その1)
私が小学校6年生の時、ジャニーズ事務所から「超新星からのメッセージ」をキャッチコピーに光GENJIがCDデビュー。


グループのセンターだった諸星くんのキラキラ笑顔と人並み外れた身体能力に惹かれ、一気にファンになりました。


クラスの女子のほとんどは光GENJIファンで、運動会では光GENJIの曲が流れていました。挟めるタイプの下敷きに彼らの写真が載っている雑誌の切り抜きを挟んで授業で使用し、先生に注意されたことも。テレビをつければ、歌番組の公開放送で黄色い歓声の嵐。


また、彼らがパフォーマンスする際に履いていたローラースケートは、町中でブームになりました。


山一証券が経営破綻した年に日本中に社会現象を巻き起こした、伝説のアイドルグループです。


中学生になって光GENJIのファンクラブに入った私は、家族やクラスの友達と一緒に、実家がある地方からコンサート会場である大阪城ホールや愛知県体育館へと足を運んでいました(東京会場の横浜アリーナは遠かったので、この頃は未経験)。

県外ファンを見つける音楽雑誌の文通欄

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ジャニーズが好きすぎるアラフォー女子の全力疾走(その1)
当時はネット社会でなかったので、県外のファン仲間を見つけるのは、音楽雑誌に載っていた文通欄。


私も文通希望を出して、10数人の同世代の人と文通していました(月に2、3回、手紙を送り合うので、切手代が大変だった…)。


県外のファン仲間とは、彼らの写真を交換したり、コンサートのチケットを一緒に取ったり。本物か偽物か、彼らの健康保険証や給与明細のコピーが回ってきたこともありました。私設のファングループを作って毎月情報誌を発行している子もいましたね。


ある大阪城ホールでのコンサートの時、私はチケットを持っていた文通仲間と手紙で待ち合わせを約束しました。待ち合わせの時間と場所、当日着る服装や背格好などの特徴を書いて。しかし、コンサート開演時間までに文通仲間と会えなかったのです。


待ち合わせ場所は、最大1万6000人を収容できるコンサート会場の最寄り駅。大阪城を見に来ている一般の観光客もいます。周辺は凄い数の人ですし、私と文通仲間はお互いに見逃してしまったのかもしれません。


幸い、チケットが余って譲る人を探していたお姉さんに声をかけられ、立見席のチケットを定価以下で譲ってもらい、コンサート開演前に会場に入ることができました。


今は個人で携帯電話やスマホを持っていて、電話やメールで「今、どこにいますか?」と連絡し合えるのに、当時はそれができなかった。情報通信が発達していなかった時代の苦い経験です。

光GENJIとSMAP以降のジャニーズグループとの違い

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ジャニーズが好きすぎるアラフォー女子の全力疾走(その1)
一時は社会現象にまでなった光GENJI。しかし、ブームの期間は短かった。


私が高校生になった頃には、光GENJIファンは学年に1人ぐらいに激減していました。ドラマやCMの主題歌でCHAGE & ASKAやZARDの曲が流行っている中、幼馴染の同級生に「まだ光GENJIファンしてるの?」とあきれた顔で言われたことも。


SMAP以降のジャニーズグループは、SMAPが25年(2016年12月解散)、TOKIOが24年、嵐が19年(20周年アニバーサリーツアー決定)、Hey!Say!JUMPが去年10周年と、長期に渡ってグループ活動を行っています。


それに対し、光GENJIの活動期間はわずか8年間でした(メンバーが7人から5人になった光GENJI SUPER5を含む)。


SMAPがブレイクする前のジャニーズグループの活動は、テレビの歌番組がメイン。当時は、月曜日にトップテン、水曜日に夜のヒットスタジオ、木曜日にベストテン、金曜日にミュージックステーション、日曜日にNHKの音楽番組など、数々の歌番組がありました(しかも、そのほとんどが生放送)。


個々がドラマやバラエティなど多方面で活動することは少なく、20代半ばでグループを解散した後は、タレント業や俳優業などそれぞれ個人の道に進むのが通例でした。

光GENJIのコンサートに行っても楽しめなくなっている自分

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ジャニーズが好きすぎるアラフォー女子の全力疾走(その1)
私が高校を卒業する頃になると、光GENJIのコンサートに行っても楽しめなくなっている自分がいて、ファン熱もフェードアウトしていきました。


そんな中、光GENJI の後にCDデビューしてジワジワと人気を出てきていたのが、SMAPです。


SMAPは、光GENJIのような顔面偏差値が高くて歌って踊れる王子様タイプで売るというスタイルではなく、グループではバラエティ番組に出てお笑いの世界に進出し、個人では俳優業や司会業で活躍するというマルチスタイルをとることで、ジャニーズに革命を起こしました。


結果、グループでの活動と個人での活動が認められ、都会に住む女の子から田舎に住むおじいちゃんまで、老若男女がメンバー全員の顔と名前を知っている、国民的トップアイドルになったのです。


次回は、SMAPファンになった私が20代後半で上京し、東京でSMAPライフを満喫していた頃の出来事についてお話します。
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