~おひとり様の介護離職~ 第4回 介護の入り口

  2018/1/19
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先日、お世話になっている企業さんのミーティングに参加させていただきました。
終了後の宴席で、私以外の5人(全員40歳以上の男性)のうち、3人が認知症介護経験者、もしくは現在認知症の親御さんがいらっしゃることを知りました。
私も含めれば、6人中4人、約67%の割合で介護を経験していることになります。
割合もさることながら、身近に介護経験者が多いことに驚かされました。
皆さん口には出さずとも、いろいろな事情を抱えていらっしゃるのだと、改めて認知症の介護問題が深刻化していることを肌で感じました。

介護の入り口

さて、第四回目にしてようやく介護編に突入です。
あまり知られていませんが、介護保険制度を利用するには「医師の受診」が必要です。というのも、介護認定をしてもらうには主治医の「意見書」を提出しなければなりません。
医師との信頼関係の構築は介護の第一歩となりますので、非常に重要です。
介護の入り口である医師の“選定”を間違うと、その後の介護に大きな影響を及ぼします。


お話を進める前に、前提となる当時の状況を確認させていただきます。


・私の場合、実父の認知症による介護で離職済み。
・父は食事、入浴、歩行等、日常生活に全く支障なし
・発症当時、父(76歳)、私(40歳)、母の3人暮らし
・私は長男、独身
・次男である私の弟が他県に在住(既婚)
・実家から車で5分の近所に父の妹夫婦、車で30分の隣町に父の兄夫婦が在住
・介護保険制度は使用しなかった


以上が介護を始めた当時の状況です。
こちらを前提に、お話を進めさせていただきます。

実家に戻って最初に行った「認知症の治療」

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友人からのライン。「ガンが見つかって今度入院しなくちゃいけなくなった」。病気とか入院とか他人ごとと思っていたけど、身近な人たちの話を聞いて不安になる。今は健康で働いているけど、もし何かあったら・・・?
もう一つ、気になるのは年老いた親。最近は階段の昇り降りがつらいらしい。親の介護が必要になったら、面倒を見るのは多分、娘の私になるだろう。「すぐそこに迫る医療や介護の知識を正しく知る」ためのジャンルです。
実家に戻って、最初に行ったことは、認知症の治療でした。
「認知症は治らない」というのが専らの通説ですが、往生際の悪い私は、まだ症状の回復を諦めていません。
というのも、実際は「介護なんかやりたくない」と考えていたからです。
言い換えれば、「何とか介護をしなくて済む方法はないか」という発想が根底にありました。
家族が要介護になった瞬間に、衝動的に会社を辞めてしまったり、私が面倒をみる! という自己犠牲の精神のもと、献身的に親の介護を買って出る方も多くいらっしゃいます。
もちろん個人の事情は多様で、どういう意思決定をするかは本人の自由であり、親孝行、恩返しという観点からも美しい行為といえます。
 

しかしながら、盲目的に介護に突進するのではなく、「介護をできるだけ回避する」発想も大切なのではないかと思います。

前回述べた通り、残念ながら現代の日本社会では、会社に属することが前提で社会保障やセーフティネットが設計されていますので、そこからこぼれることは、あらゆる制度が利用できなくなることを意味します。
その恩恵をかなぐり捨てることは得策ではありません。
いや、その恩恵があること、日本のサラリーマンがいかに二重三重の社会保障で守られているか、会社を辞めない限り気が付かないのでしょう。
私の場合、いろいろな事情で会社は辞めてしまいましたが、「本当に会社を辞めなければいけないの?」介護の経験者として、これだけは声を大にして言いたいです。
(辞めた事情については、稿を改めて書かせていただきます)


そんなわけで、まずは症状の回復を最優先としました。
認知症の症状が回復すれば、父は自分のことは自分でできますし、私も社会に復帰できると考えたからです。


ストレスなくその後の方針を考える

また、「認知症は治らない」という断定的なフレーズを聞くと、「ホントかいな?」と元来のヘソ曲がりの血が騒ぎだします。
私の好きなドラマ、福山雅治さん演じる『ガリレオ』の湯川先生のセリフも蘇ってきました。

「湯川先生、こんなことありえません!」
「ありえない? 誰が証明したんだ」
「実に面白い」

フランスの哲学者・数学者ルネ・デカルトも、「疑いは知の始まりである」という言葉を残しています。


本来、他人を疑うのはよくない行為かもしれませんが、自分の利益を守るためには、猜疑心も時には必要な武器になると思います。
介護に限りませんが、“常識”を鵜呑みにし、現状を調べようともしないで、唯々諾々と現状を受け入れる―。
疑うことは先人や先輩、上司のいうことを否定することになる。
平たく言えば、「上のいうことは絶対」という学校や企業、あらゆる日本の組織で根強く残る思考・行動様式です。

自分も組織人なら素直にそれらの様式を忠実に辿ったのでしょうが、幸か不幸か、介護において最終的な意志決定者は家族です。
社歴や年齢だけを拠り所に虚勢を張る先輩も、主体性を失い、己の矜持をとっくに組織に売り渡した上司も介在しません。
ある意味自由に行動を決定できるのです。
その快適さに気づき、なんらストレスなくその後の方針を考えることができたのは、新たな発見でした。

大きな病院だから大丈夫、という信仰に似た発想

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~おひとり様の介護離職~ 第4回 介護の入り口
さて、早速父を病院に連れて行きました。
地域では最大規模の、車で50分ほどの距離に位置する病院でした。
隣接する市町村を超えて、遠くから患者さんが受診に来ることで有名です。
難しい病気の場合、地域住民は迷わずそこを選択します。
そこには、大きな病院だから大丈夫、という信仰に似た発想が根底にあるように思います。 


その時の私も何ら疑問を持つことなく、その病院を目指して車を運転しました。
しかしながら、診察した神経内医の一言は、耳を疑うものでした。


医師:「認知症ですね。一年後に動けなくなって死にます」(発言ママ)
私:「( ゚д゚)ポカーン」

そうならなくするのが医者の仕事なのでは!?
診断を聞いた際の率直な感想です。


「一年と確定した根拠は?」との質問が喉まで出かかりましたが、言い争いをするのもアホらしいので、その場はぐっと堪えました
(腹の中では「このヤブ医者!」とクラシカルな表現で罵倒していましたが…)。

結果、その“予言”は外れました。父が亡くなったのは二年後でしたし、亡くなる原因は癌を患ったためでしたので、認知症で動けなくなることもありませんでした。
医師は、死期の明言は避けるものと思っていたのですが、どうやらその“常識”は誤っていたようです。

「認知症には4つの種類がある」

そして、もう一つ引っ掛かったのが、「認知症」という診断結果でした。
私は、社会福祉法人のコンサルティングを行う会社でアルバイトをしていた時期がありました。
社内にうず高く積まれた資料の一枚に、「認知症には4つの種類がある」という一文がありました。
その時は自分が介護をすることになるとは夢にも思わなかったので、「ふぅ~ん」と思っただけで、特に気にも留めていませんでした。


ですが、頭の隅にあった「認知症には4つの種類がある」という情報により、当然「○○○型の認知症」です、と診断があるものと思っていました。
 

結局、その医師からは認知症の類型は聞くことができず、薬を処方されて私たちは診察室を後にしました。


「何かおかしい。これはもっと認知症治療をしらべ調べなければダメだ」―


私が感じた違和感は、その後の介護方針を決定づける重要な要素だったのでした。

■教訓

・介護の第一歩として、医師選びは非常に重要。
・入り口である医師選びを間違えると、その後の介護は迷走する。
・患者の家族も、知識と情報で武装しない限り、介護に振り回されてしまう。


これまでの記事
第1回 通過儀礼 ~おひとり様の介護離職~
第2回 実家に戻ることを決意
第3回 昭和の仕組みからこぼれてみた
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