起業は目的じゃなくて手段。~人生を懸命に生きてたら、起業にたどり着いたはなし~

  2018/1/12
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こんにちは、お菓子教室ミサリングファクトリー代表、そしてリトルヘルプ合同会社代表社員の松本美佐です。


個人事業でお菓子教室を開業して10年。


別事業で法人も立ち上げ、二足のわらじですが、“遊ぶように仕事する”をモットーに、ぎゅっと働いて、のんびり遊ぶ毎日を送っています。


とはいえこんな風に楽になれたのはここ数年のこと。


そもそも起業に男性も女性も関係ないのだけれども、生きていくための手段として起業を選択した自分の話を聞いてください。

「将来の夢は?」

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起業女子が増えています。会社経営なんて全く縁がないけれど、自分のやりたいことを追求したら起業という選択になった。ただしいつも考えることは、ちゃんとお客様がくるのだろうか? 税金とか決算とかどうなるんだろう? 法人と個人のどちらがいいのか?わからないことだらけですよね。「起業についてのマインドと必要な知識を専門家がしっかりと伝える」ためのジャンルです。
小学生の頃は歌手になりたかった。
中学生の頃は音楽評論家、翻訳者。


高校を卒業する頃は、進学よりも腕に職をつけようと、友禅染の染師かパティシエ。


そんな子供だった私も社会人になり、時はバブル。地元の製菓材料メーカーで商品開発の仕事に就きました。大卒じゃないというハンデは大きかったけど、それでも小さな会社で希望の職種に就くことはいくらでも可能でした。インターネットもWindowsもOfficeもまだない時代のことです。

結婚、子供が生まれて専業主婦へ・・・

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起業は目的じゃなくて手段。~人生を懸命に生きてたら、起業にたどり着いたはなし~
仕事は楽しかったのだけれど思うようなキャリアアップにならず、働くことにちょっと疲れてきた社会人8年目。


その頃、派遣という働き方が出現し、ただのデータエントリーで時給2,500円とかもらえる。


ひとまず、これでいいじゃんと短期派遣をしつつ、これからどうしようかと考えていた時に結婚することになり、子供が生まれ専業主婦に。


子供が1歳、1994年はインターネット黎明期。
初めてのコンピュータApple Performa5210を買いました。
近所の銀行で在宅文字入力募集の張り紙を見て応募。


イラストレータの使い方を習いに行った先で講師から声をかけられ、ウェブサイト作成の下請けの仕事ももらうこともできました。


在宅で得られる仕事は月に多くて2〜3万円。


とはいえ、小さな子供がいながら仕事ができることはとてもありがたかったです。

子供が5歳になる頃、離婚を決意

大きな理由は元夫が経済的破綻者であったこと。


ギャンブルや借金を繰り返し、生活費もままならない暮らしは限界を超え、このままでは自分も子供も潰されてしまうと思い決断しました。
お金がないという事実よりも、生活の糧を誰かに頼っていることで自分の意思と関係なく振り子のように人生を振り回されるのが嫌でした。自分の足で歩きたい方向に歩くために、自分と子供が食べていく分を自分で稼げるようになろうと心に誓ったのです。


離婚してすぐは知り合いが開業したパン屋のパートで雇ってもらいました。


その後再び派遣の仕事へ。


5年のブランクの間にWindowsが登場し、Officeの経験がないと一般事務の仕事には就けない時代になっていました。
テレマーケティングの仕事をしながらOfficeを覚え、一般事務で電機メーカーのシステム部に入りました。仕事をしながらイントラネットの運用管理やウェブ制作を学びました。より時給の良い仕事に…というよりは、ただ自分がそういうのが好きだったので覚えただけですが、これがあとで身を助けることになりました。


3ヶ月毎の更新の派遣はいつ切られるかわからないあやうい立場です。


そうでなくても歳を取っても続けられる仕事でないのは歴然としていたので、派遣をしながら次のステップを考えました。当然ながら一番は、やりがいのある仕事で安定した会社の正社員になることです。


ところがこれはとても難しい。


30代なかば、子供が小さい、都内までの通勤は嫌、食に関わる仕事がしたい、企画開発の仕事がいい。
そんな条件で探しても採用してくれるところはありませんでした。20代バブル期に繰り返した転職はキャリアップどころかただの履歴書汚しにしかなっていなかったのです。

先生の一言から起業へ至る

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起業は目的じゃなくて手段。~人生を懸命に生きてたら、起業にたどり着いたはなし~
そんな時、通っていたフードコーディネーターの先生から、「子供にお菓子を教えてみたら?」と言われました。
最初は、(子供?お菓子教室??そんなのナイナイ)と思ったものの、自分の置かれている状況からそれ以外にできそうなことがないと気付き、近所の地区センターで週末に子供お菓子教室をスタートしてみました。


やってみたらこれが案外おもしろい。


子供相手だけでは事業として難しいので、子供も大人も教えるコミュニティとしてのお菓子教室と菓子製造販売の事業計画を立て、製菓技術の技術を習得し、派遣・アルバイトをしながら資金を作り、3年の準備期間を経て、2007年5月お菓子教室&食育コミュニティ「キッチンスタジオ 横浜ミサリングファクトリー」を開業しました。

本当は経営者なんか向いていないと思っていた

子供時代はもちろん、おとなになって働いていた時も自分は経営者向きじゃないと思っていました。起業なんて夢にも考えていなかった自分がなんで起業したのだろう?と今も思い返します。が、それはもうその時それしか選択肢がなかったから、としか言いようがないのです。

これから起業したいという女性たちに伝えたいこと

今、当時の自分と同じように、いろんな制約の中で将来が見えない、自分らしく生きたいと模索している女性にアドバイスを送るとしたら、


「目の前にきたものを誠実にていねいにこなして」ということです。


私の事情を慮って仕事を多く回してくれた電子組版社の社長。
FTP転送もわからなかった私に丁寧に付き合ってくれたホームページ制作会社の社長。
当時は、親切な人に出会ってラッキーだったなと思っていました。

ですが、今、自分がたくさんの人の相談を受ける立場になって、“責任をもって仕事をする基本的な姿勢” があったから、まわりの人がよくしてくれたのだとわかりました。


自分を助けるのは自分自身なのです。


うまくいかないのも自分自身が起こしていることなんだと気がついたらラッキー。


そこから人生ががらりと変わるかもしれません。
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