おんなひとりでインドに行く ~タール砂漠編~

作者: ヒメノワ
  2017/12/1 更新

はじめまして。株式会社PTA所属。脚本家の静原舞香です。
私は、こよなく、ひとり飯、ひとり吞み、ひとり旅を愛しています。ひとりはお気楽。自由。すべて自分で決めることができるからです。
なるべく自分がいいと思うものだけ拾って生きていきたいので、つねづね、「ひとり」を選択しながら日々を過ごしています。

今回は、ひとり旅のお話を書かせていただきます。




私は、ドラマティックな人生をおくりたい。旅をするにしても、思いっきり心を動かすようなできごとがないと満足できない。観光地に行って建築物を見るよりも、大自然のなかにまぎれ込みたい。長い人生のなかで、心から綺麗だと思うものにめぐり合い、可能なかぎり見つくしたい。

欲深き女は満天の星空を観るために、アジアへ旅だった。

ラクダに乗ってのんべんだらりと砂漠を歩く

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ラクダに乗ってのんべんだらりと砂漠を歩く
インドの北西、ジャイサルメール。ここから西に車を1時間ほど走らせると、タール砂漠がある。この寂しい地で一泊したとき、恐ろしい夜を体験した。そのお話をしてみよう。ツアー内容はこんなものだった。


夕刻時、ラクダに乗ってのんべんだらりと砂漠を歩き、夜になれば満点の星空の下で天体観測をして、大自然のなかで眠りましょうというロマンティックなもの。インドで砂漠とかラクダとか、聞きなれないイメージではあるが、われわれの想像を絶するほどにインドは広大だ。

ラクダ使いのシャアラさんとラクダのララちゃん

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ラクダ使いのシャアラさんとラクダのララちゃん
タール砂漠のふもとにあるクーリー村で、ラクダ使いのシャアラさんとラクダのララちゃんと挨拶を交わした。彼らが私を夢の熱砂へいざなってくれるのだ。


シャアラさんは寡黙な男で年齢は60歳ほど。日に焼けた黒い肌とまっ白な歯が対照的で、今でも鮮明に覚えている。目は幼子のように澄んでいた。心も美しい人だった。


インドで出会ったガイドのほとんどが、いやしくチップをせがんできたが、シャアラさんは私に何も求めなかった。

日の丸タクシー呼びませんか

ララちゃんは、四六時中、歯ぎしりをしている。ラクダの顔は凛々しいものだと思っていたが、そうではなかった。


まじまじと見ると、心配になるほどマヌケな顔をしている。おまけに体臭はきつく、背中に乗ればまったくもって安定しない。初体験の私が言うのもヘンなものだが、長旅には向いていないのではないか。おまたに刺激が強すぎるし、強烈な体臭は人の心をナーバスにする。


「日の丸タクシー呼びませんか。ララちゃんも乗せて、車で移動しましょう」と口走りそうになったが、グッとこらえた。


シャアラさんが潤んだ瞳で私を見つめている。彼らの仕事を奪ってしまうと、彼らが困り果てることが想像できた。インドは、思ったよりも貧富の差が激しかった。


新聞を読んだり、ニュースを聴いたりしていると、世界を知ったつもりになってしまいそうだが、肝心の真実は現場に立たないとわからないのだと思う。

太陽は生きているんだ

砂の大地へ踏み出すと、さっそく驚くほど美しい景色が目に映ってきた。果てしなく続く黄金色の地に沈みゆく夕陽。ジリジリと荒れ地を焼き尽くしそうだ。太陽は生きているんだ。

砂嵐の襲撃

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砂嵐の襲撃
しかし、心ときめく幻想的な世界はそう長くは続かなかった。私の目は、乾いた砂で埋め尽くされた。砂嵐の襲撃である。あたり一面に広がる砂が、強い風に吹かれ、激しく宙を舞い始めた。


「ふがっ!」私は色気のない叫び声をあげ、首に巻いていたストールで顔を覆い、うつむいた。


砂と一緒に私も舞いあげられそうで、恐怖が背中を焼き始めた。シャアラさんはのんきなものだった。ララちゃんを引っ張っているだけだ。


異文化接触を目のあたりにした。移動中、私がいちばん多く目にした景色はララちゃんの背中のコブだった。コブもしっかり異文化接触である。

ベッドが忽然とあらわれる

そんな調子でラクダの背にしがみついて、2時間ほどたったころ、砂嵐でぐったりしていた私をよそ目に、砂漠のど真ん中に大雑把に組み立てられたベッドが忽然とあらわれた。


シャアラさんが作ってくれたわけではあるが、雨風をしのぐ壁もなければテントもない。私は砂に埋もれて死んでしまうのではないか。おぞましい想像が頭をよぎった。


布団はシャアラさんがクーリー村から持ってきたものの、砂嵐でずいぶんと汚れてしまっているようだ。

何者かがこちらに向かって歩いてくる

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何者かがこちらに向かって歩いてくる
あいかわらずシャアラさんは寡黙で、ララちゃんは歯ぎしりをしている。私は砂の丘を走ったり、でんぐり返りをしたりして遊んでいた。


30回ほど転び、いよいよ飽きはじめて顔をあげると、何者かがこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。


ピストルのようなものを抱えている。砂漠の盗賊か。


私はシャアラさんのもとへ走った。シャアラさんは盗賊に向かって、満面の笑みで手をふっている。ひえー。シャアラさんこそ、盗賊野郎の親分だったのか。


しかし、盗賊ではなく、カレー屋のデリバリースタッフだった。


両手に抱えていたのはビール瓶。2時間もかけて村から歩いてきたそうだ。いやあ、驚いた。ありがたくダール豆のカレーとチャパティをいただいた。大自然の中で食べるカレーは格別にうまい。強めの香辛料が鼻腔をくすぐり、あずかり知らない地に身をゆだねている快感に酔いしれた。おまけに酒まである。酔いしれ調子でビールを呑む。うわー。落胆するほどにぬるかった。


食事が終わると、シャアラさんは自分のベッドに横たわり、まもなくイビキをかいて眠り始めた。ララちゃんの歯ぎしりはやまない。


私は用を足すために奥地へと進んだ。いつのまにか夜になっていた。たったひとり、乾いた大地を歩く。街灯もなければ人の気配もない。目の前は漆黒の闇。天空には、ぼんやりとした月が輝き、小さな星々がめいっぱい光を放っている。


夜空を眺めてズボンを脱ぎ、尻をまるだしにする。


心静かに用を足していると、とつぜん、獣の鳴き声がけたたましく聞こえた。大自然とは油断もすきもないものだ。


その声は、あきらかに私を威嚇している。何匹もいる。恐ろしくなって尻をむきだしのままベッドへ走る。くさくて小汚い布団を頭からかぶり、息を殺す。


正体不明のけだものがベッドのまわりをぐるぐるとまわっている。食い殺されるのかよ。香辛料が染み込んだ私の肉はあいつの鼻腔をくすぐって食欲をしたたかに刺激しているのだろうか。恐怖が背を焼いた。ギャー。ろくに眠れぬままの一夜となった。

今朝も太陽はぎらぎらと照りつけている

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今朝も太陽はぎらぎらと照りつけている
朝が来た。動物の鼻息が浅い眠りから私を揺り起こした。頭の近くになにかがいる。その向こう側で、シャアラさんとララちゃんが動きだす音が聞こえた。


おそるおそる布団から頭を出すと、そこにはやせ細った野犬がたむろしていた。シャアラさんが言うには、野犬たちはクーリー村からずっと私たちを追っていたのだそうだ。昨晩、私が食べたチャパティをわけてもらうためだという。


砂漠に犬がいるなんて聞いたことがない。シャアラさんはおだやかな表情で野犬たちにチャパティをさしだした。


彼は、私になにも求めなかったにもかかわらず、自身の夕飯は野犬のために残していたのだ。なんということだ。私は幻想的な夜を夢みてタール砂漠にやってきた。


砂漠の夜は奇異と幽玄に満ちた一夜だった。でも、なによりもの体験は美しく澄んだ心の持ち主とのめぐりあいだったように思う。これも異文化接触か。


あ、しまった。満天の星空を見忘れた。仰ぎ見たのは用を足しているほんの15秒ほどだったろうか。くっそー。


今朝も太陽はぎらぎらと照りつけている。

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文・写真:静原 舞香

当時、29歳の私はひとりでインドへ向かった。

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当時、29歳の私はひとりでインドへ向かった。

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